元・副会長のCinema Days

福岡県在住のオッサンです。映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

読書感想文

エドマンド・バーク「フランス革命の省察」

タイトル通り18世紀末に起こったフランス革命に対する論評を綴った書物だが、著者のE・バークはアイルランド王国生まれの政治思想家であり、フランス人ではない。しかも出版されたのが1790年であり、当時はナポレオンの台頭はもちろんロベスピエール…

王谷晶「ババヤガの夜」

2025年に英国推理作家協会のダガー賞翻訳部門を、日本作品として初めて受賞したシスター・バイオレンスアクション小説。だからというわけでもないだろうが、かなり面白い。各キャラクターは屹立しており、作劇のテンポは調子良く、ストーリーは良い案配…

デービッド・アトキンソン「新・所得倍増論」

正式タイトルは「新・所得倍増論 潜在能力を活かせない『日本病』の正体と処方箋」。出版されたのが2016年末であるため、現在の状況とは時制的なギャップが生じているのは仕方がない。しかしながら内容は示唆に富んでおり、本当に読んで良かったと思う。…

ロバート・A・ハインライン「月は無慈悲な夜の女王」

アメリカの代表的なSF作家であるハインラインが、1965年から66年にかけて発表したもの。世評はかなり高く、67年のヒューゴー賞長編小説部門を受賞している。ただし、実際に読んだ感想としては芳しいものではない。とにかく長いのだ。文庫本にして…

カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」

出版は1959年。奇天烈な内容のSF作品で読んだ後は面食らったが、これはジョージ・ロイ・ヒル監督による怪作「スローターハウス5」(72年)の原作者が手掛けた本だということを知り、取り敢えずは納得してしまった。つまりは“考えるな、感じろ”とい…

ジョナサン・ストラーン編「創られた心」

人工的な心や生命、つまりAIを題材にして書かれたSFの短編集だ(収録されているのは16編)。編纂担当のジョナサン・ストラーンは専門誌の創刊や、フリー転身後はアンソロジストとして実績を残している編集者とのことだ。書き手ははケン・リュウやピー…

ドン ベントレー「シリア・サンクション」

原題は“WITHOUT SANCTION”。本国アメリカでの出版は2020年で、日本翻訳版が刊行されたのが2021年だ。題名通り舞台はシリアで、元米陸軍レンジャー部隊の主人公の活躍を追うスパイ・アクションである。文庫本版で約560ページもある長尺ながらスラ…

アラスター・グレイ「哀れなるものたち」

ヨルゴス・ランティモス監督による映画化作品が公開されているが、劇場に足を運ぶ前に、原作小説に目を通してみた。一読して、これはなかなかの曲者だと感じる。内容もさることながら、よくこの小説を上手い具合に翻訳して日本で出版できたものだと感心する…

テッド・チャン「あなたの人生の物語」

1967年生まれの台湾系アメリカ人SF作家、テッド・チャンが2002年に発表した短編集。本書を読んだ理由は、表題作「あなたの人生の物語」がドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画「メッセージ」(2016年)の原作だと聞いたからだ。この映画は封切り当…

長浦京「リボルバー・リリー」

今年(2023年)公開された行定勲監督&綾瀬はるか主演による映画化作品は観ていないし、そもそも観る気も無かった。事実、評判もあまりよろしくなかったようだが、この原作の方は大藪春彦賞を獲得して評価されていることもあり、取り敢えず読んでみた次…

ジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」

カウンターカルチャーにも大きな影響を与え、ボブ・ディランも絶賛したという、ビート・ジェネレーションの誕生を告げた名著と言われる一冊。執筆されたのは1951年で、出版されたのは1957年。日本では「路上」のタイトルで1959年にリリースされ…

ヘンリック・イプセン「野鴨」

ノルウェーの劇作家イプセンの作品は若い頃に「人形の家」を読んだだけだが、今回久々に手に取ってみたのが本書。1884年刊行の本作は、悲喜劇のジャンルで最初の現代の傑作と見なされているらしいが、実際目を通してみると実に含蓄の深い内容で感心した…

辻村深月「傲慢と善良」

直木賞作家の肩書きを持つ辻村深月の作品は今まで何冊か読んでいるが、いずれもピンと来なかった。とにかくキャラクターの掘り下げも題材の精査も浅く、表面的でライトな印象しか受けない。とはいえ、私がチェックしたのは初期の作品ばかり。最近は少しはテ…

今村昌弘「屍人荘の殺人」

久々に肩の凝らない娯楽編でも読みたいと思い、手に取ったのが本書。何でも、第27回鮎川哲也賞をはじめ『このミステリーがすごい!2018年版』や週刊文春『2017年ミステリーベスト10』における一位、第18回本格ミステリ大賞など、数々のアワー…

加藤陽子「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」

筆者の加藤は、2020年に日本学術会議の新会員候補に推薦されたが、他の5名の候補と共に当時の菅義偉総理によって任命を拒否されたことで知られる。本書を読むと、その理由が分かるような気がするのだ。これは何も彼女が研究者として資質が劣っていると…

佐藤正午「月の満ち欠け」

第157回直木賞(2017年)受賞作だが、有名アワードを獲得した作品が必ずしも優れているとは限らない。とはいえ作者は実績のある佐藤正午なので、そんなに下手な小説ではないだろうと思って手に取ってみたのだが、その予想は見事に外れた。これはつま…

石沢麻依「貝に続く場所にて」

読み始めたときにはその修飾語句の多さに辟易したが、しばらく我慢して読み進めていくと、この独特の世界観に何となく入り込むことが出来た。第165回(2021年上半期)芥川賞受賞作品で、いかにもこの賞に相応しい“純文学的な”佇まいを持つ書物。正直…

堤未果「デジタル・ファシズム」

サブタイトルに「日本の資産と主権が消える」とあるように、本来は生活や仕事の質的向上に貢献するはずの各種デジタルデバイスが、個人情報の不当な集約と悪用に繋がり、最終的には一種のファシズムを喚起することを説く一冊。著者の堤はリベラル系ジャーナ…

オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

1930年に刊行された、スペインの哲学者による啓蒙書だが、驚くべきことに内容は現代でも十分通用する。それどころか、作者が危機感を抱いた社会的状況は、現在の方がより深刻化していると言える。まさに、今読むべき書物である。 作者は、当時ヨーロッパ…

マイケル・クライトン「恐怖の存在」

初版発行は2004年。著者は「ジュラシック・パーク」や「ディスクロージャー」などで知られるが、本作もスケールの大きなアドベンチャー物として評判になったらしい。ただし個人的な感想としては、冒険小説としては大したことがないと思う。少なくとも「…

吉村昭「三陸海岸大津波」

今読むべき本かと思う。明治29年の明治三陸地震と昭和8年の昭和三陸地震、そして昭和35年のチリ地震、それぞれがもたらした東北地方を襲った大津波の実相を描くルポルタージュだ。さすがに数々の文学アワードを獲得した吉村の取材力と筆致は卓越してお…

雫井脩介「望み」

堤幸彦監督による映画化作品は観る予定は無いが、原作者がけっこう面白かった「火の粉」の雫井脩介なので、この原作小説に関しては楽しめるかもしれないと思って手に取ってみた。しかし、その期待はあっさりと裏切られる。これはつまらない。サスペンスにし…

島倉原「MMTとは何か」

正式タイトルは「MMT(現代貨幣理論)とは何か 日本を救う反緊縮理論」。MMT(Modern Monetary Theory)というのは、アメリカの経済学者ステファニー・ケルトンなどが提唱したマクロ経済学理論の一つ。この理論のテキストとしてはラリー・ランダル・レ…

ニッコロ・マキアヴェリ「君主論」

言うまでもなく政治学の古典で、本当は若い頃に手に取るべき書物なのだが、私が読んだのはつい最近である(笑)。とはいえ、内容は示唆に富んでおり、本当に読んで良かったと思える。また、本書が刊行された中世イタリアの状況や、それまでの歴史をチェック…

村田沙耶香「コンビニ人間」

第155回芥川龍之介賞受賞作で、とても話題になり好セールスを記録した本だが、私もやっと読んでみた。なるほど、かなり面白い。主人公の造型がユニークであるばかりではなく、そのキャラクター設定の“切り口”が卓越している。また個人と社会との関係性、…

原田マハ「キネマの神様」

山田洋次監督によって映画化されるということなので、興味を持って読んでみた(注:主要キャストの急逝により、現時点ではクランクインは未定)。しかしながら、これはとても評価できるような内容ではない。たぶん山田監督は設定だけ借りて中身を大胆に変え…

ギュスターヴ・ル・ボン「群衆心理」

フランスの社会心理学者ル・ボンにより1895年に書かれた文献だが、少しも古びていないどころか、21世紀の現在においてもその論旨は立派に通用する。言い換えれば、近代民主主義が誕生してから長い時間が経過したにも関わらず、我々は何も進歩していな…

中村文則「教団X」

芥川賞作家である中村文則の作品は、過去に「銃」と「掏摸<スリ>」を読んだことがあるが、大して印象にも残っていない(恥ずかしながら、今となってはストーリーさえ忘却の彼方だ ^^;)。それでも2014年に発表された本書は評判が良かったので、文庫化…

カズオ・イシグロ「忘れられた巨人」

2017年にノーベル文学賞を受賞したイシグロの小説は、2本の映画化作品(「日の名残り」と「わたしを離さないで」)は観ているが、読んだことがなかった。丁度良い機会なので、一冊手にしてみた。本書は2015年に執筆されており、現時点では最新作で…

エリオット・パティスン「頭蓋骨のマントラ」

ミステリーとしては設定がかなりの“変化球”だが、決して奇を衒うことがなくストレートにグイグイと引き込まれる。国際的な人権問題を告発する等、ジャーナリスティックな視点を伴っているため、話が全然絵空事にならない。読み応えのある本だと言える。 中国…