公開規模が小さいのが難点だが、今年度の日本映画の中では要チェックのシャシンだ。主人公たちが出会って結婚し、それから約15年も続く懊悩と屈託に満ちた日々を、とにかく“甘さ”や“手加減”とかいうものをほとんど挿入させずに冷徹に描く、その覚悟には感服せざるを得ない。近頃の邦画界に散見される御都合主義的なラブストーリーとは、完全に一線を画する出来映えである。
同じ大学の法学部に籍を置く2人、ダンス好きで活発なアウトドア派の佐藤サチと、生真面目で大人しいインドア派の佐藤タモツは、タイプが正反対ながら惹かれ合い、すぐに同棲生活に入る。5年の月日が流れ、タモツは司法試験を受け続けるが不合格の連続。サチは何とか彼をフォローしようと一緒に勉強して受験するのだが、何と彼女だけ合格してしまう。

やがてサチの妊娠が発覚して2人は結婚するのだが、彼女は産後すぐに弁護士として仕事を始める。一方タモツは塾講師のアルバイトをしながら子供の世話をする日々を送るうちに、次第に試験に対するモチベーションが低下してくる。
まず、主人公2人の名字が元々同じであることがドラマのモチーフとして実に大きい。結婚しても互いに名字が変わることは無いのだが、それはつまり婚姻関係の在り方とは一方の都合や価値観に縛られるべきではないという、普遍的なテーマを内包している。もちろんそれは誰でも表面上は分かってはいるのだろうが、実際は依存や支配という他律的な関係性に収斂されてしまう。
本作は特に、両者がともに同じ学業を修めて望むべき進路も決まっているはずが、妻の方が先にそのステータスに到達してしまうという、夫にとってシャレにならないほどの“逆境”が現出する。
タモツは別に法曹関係の道に進まなければならない義務は無いのだが、プライドが許さない。しかし、次第にその決意もしぼんできて、地元で仲間が事業を立ち上げる計画に加担しそうになったりする。しかし、結局タモツが開き直って精進する切っ掛けになったのが、サチとの関係を見直すことだったというのは、かなりキツい。私は主人公たちのような境遇に身を置いたことは無いが、それでも身につまされるのだ。
また、サチが対応する依頼者たちの、それぞれシビアな夫婦の状況が主役2人の環境と絶妙にシンクロするという構成も見事である。天野千尋の演出は快作「ミセス・ノイズィ」(2020年)の頃よりさらに手慣れてきて、各シークエンス(および時制)の繋ぎ方などに洗練された腕前を見せている。
主演の岸井ゆきのと宮沢氷魚は、後々には彼らの代表作と言われること必至の好演。藤原さくらに中島歩、佐々木希、田島令子、そしてベンガルなど、他のキャストも良い仕事をしている。それにしてもラストの扱いは見事で、鑑賞後もしばらくは忘れがたい印象を残す。
(投稿日時 2025/12/22 6:01:52)