元・副会長のCinema Days

福岡県在住のオッサンです。映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「チェイサー」



 (英題:The Chaser)着想の面白さに引き込まれるサスペンス劇だ。韓国社会を震撼させた連続猟奇殺人事件。若いシリアル・キラーは映画の序盤で呆気なく警察に拘束され、しかも自分がやったと自供している。だが、肝心の“犯行場所”が不明のままだ。端的に言えば、犯人の住居が分からないのである。住処を白状しないために、警察は霧の中を歩くような見通しの悪い捜査を強いられることになる。この設定は出色だ。

 通常こういう犯罪映画のストーリーの中心は、真犯人を突き止めること、あるいは動機や背景を解明するといった、それによって事件が(良い意味でも悪い意味でも)一応の完結を見るためのモチーフであることがほとんどだ。しかし本作はまったく違う。犯人は捕まっているのに、その犯人の家が突き止められない。そんな基本的なことが分からないなんて、まさに笑ってしまうのだが、実際問題としてそんな事態に陥ったら捜査は完全に立ち往生してしまうのだ。

 犯行現場が特定できない以上、事件そのものの立件も出来ない。結果として容疑者は釈放され、そしてまた犯行を重ねることになる。そんな隔靴掻痒たる不条理感をジリジリと醸し出したこの映画の負のエネルギーは凄い。

 さらに捜査の先頭に立っているのが、警察を追われて今やしがないデリヘルの店長に収まっている元刑事だというのも効果的だ。彼は正義感から事件に首を突っ込んでいるわけでは決してない。自分のところのデリヘル嬢が次々と行方不明になっているのは、どこかヨソの店が引き抜きにかかっていると思い込んでの、極めて自己中心的な憤怒で追跡を開始するのだ。見当外れの執念が空回りすればするほど、事件の闇は深まっていくばかり。片や警察も縄張り意識や打算ばかりでまったくアテにならない。

 それらを象徴するのが、犯行現場のあるソウルのマンウォン地区の町並みだ。道が入り組んだ坂の多い住宅街で、しかも新しい建物と古い民家が混在している。夜間に訪れると道に迷うこと必至だ。主人公達は犯人が置き忘れていった鍵の束だけを頼りに、この迷宮のような地域を歩き回る。目隠しをされたような焦燥感が観客にもストレートに伝わり、鑑賞時の息苦しさは格別だ。

 そして、犯人に拉致監禁されたデリヘル嬢の一人がまだ生きており、釈放された犯人が現場に戻る前に助け出さないといけないというタイムリミット式のサスペンスも盛り上がる。何気ない市民生活の隣で惨劇が起こっており、それを誰も知る由もない理不尽さ。そういうマイナス方向の情念が画面一杯に充満しており、ただ事ではない密度の高さを達成している。

 監督・脚本のナ・ホンジンは何とこれがデビュー作。ポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」との類似点を指摘されるだろうが、本作の方が数段勝っている。主人公役キム・ユンソクの暑苦しい(笑)熱演、犯人に扮するハ・ジョンウのド変態ぶり(特に白ブリーフ一枚で凶行に及ぶ姿は圧巻)、災難に遭うデリヘル嬢を演じるソ・ヨンヒの美しさ等、キャストも気合いが入っている。ハリウッドでのリメイクも決まっているというが、この迫力が他国の製作で出せるはずはないと思う。とにかく、必見の問題作だ。